大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 平成5年(ワ)220号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金四五万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一六分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一  被告は、原告に対し、別紙株式目録記載の株式と引換えに七一〇万円を支払え。

二  被告は、原告に対し、三〇〇万円を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  二項につき仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告の社員の違法な投資勧誘により店頭公開株式を購入させられ、その後間もなくの同株式の大幅な値下がりにより、財産上の損害及び精神的損害を被ったとして、民法七一五条に基づき損害賠償請求をしている事案である。

一  争いのない事実(2は証拠上明らかな事実を含む)

1 被告は、肩書地に本店を置き、有価証券についての自己売買、売買の依託の媒介、取次ぎ、代理、引受け、売出し等の取扱いについて、大蔵大臣から免許を受けた証券会社である。

2 原告は、夫甲野太郎名義で、被告から、当時の被告の営業員長谷川博之(平成二年四月から平成三年六月末まで被告に在職。以下「訴外長谷川」という)の勧誘により、平成三年五月二七日、別紙株式目録記載の店頭株を購入した。

3 訴外長谷川には、顧客に対し、投資の勧誘、受託業務を行うに当たって、以下のような注意義務があった。

(一) 説明義務

日本証券協会の規則によれば、協会員は、非上場株式の取引を顧客との間で開始するに当たっては、顧客に対し、店頭取引の仕組等について十分に説明するとともに、店頭銘柄が、上場銘柄と異なり、総じて小規模な会社の発行する株式であるため、市場性が薄く、値段が大きく変動することがある旨を記載した店頭取引に関する確認書を顧客から徴収するものとされている。したがって、訴外長谷川には、右の説明義務がある。なお、同人は、原告から、右確認書を徴求していない。

(二) 過当勧誘の禁止(適合性の原則)

右規則によれば、店頭登録銘柄に関しては、顧客の投資経験、投資経歴、資力等を慎重に勘案して、顧客の意向と実情に適した投資勧誘を行うよう努めるべきだとされている。したがって、訴外長谷川には、顧客の投資経験、投資経歴、資力等から見て、適当でない銘柄または数量となる過当勧誘を行ってはならない義務がある。

(三) 不当表示、誤解表示の禁止

有価証券の売買に関し、虚偽の表示をし、若しくは、誤解を生ぜしめる表示をする行為は、「平成四年改正前証券取引法五〇条一項一号」、「証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号」によって禁止されている。したがって、訴外長谷川には、虚偽情報を提供してはならない義務、事実の一部のみを強調し、誇大表現を用い、重要な事実についての表示を欠く等により顧客に誤解を生じさせてはならない義務がある。

(四) 断定的判断の提供の禁止

証券取引法五〇条一項一号は、株式価格の変動について、価格が騰貴し、または下落することの断定的判断を提供して勧誘する行為を禁止している。したがって、訴外長谷川には、断定的判断を提供して勧誘してはならない義務がある。

二  争点

1 本件取引は、取引一任勘定取引か否か。

2 訴外長谷川に、不法行為を構成するような違法な投資勧誘の事実があったか否か。

第三  当裁判所の判断

一  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1 原告(昭和三年生)は、昭和二二年から高知赤十字病院に勤務し、昭和六三年五月三一日、看護部副部長を最後に退職した。

2 原告の夫甲野太郎(大正四年生。以下「訴外甲野」という)は、昭和三四年に高知市議会議員に初当選し、昭和四二年には、高知県議会議員に当選し、平成三年四月二九日まで、その職にあった。

3 原告及び訴外甲野は、これまで株式投資をした経験はなく、訴外甲野において、五〇万円の投資信託を購入したことが一回ある程度である。

4 訴外甲野は、訴外長谷川と、平成三年三月、名刺交換をしたことで知り合った。

5 訴外長谷川は、平成三年五月一五日ころ、訴外甲野宅に訪れ、「オーストラリアンボンド」の購入を勧誘した。その際、訴外長谷川は、「元本保障だ」と告げたので、訴外甲野は、購入する約束をした(購入額については、原告は一〇〇万円、被告は三〇〇万円と主張している)。

その話がまとまったあと、訴外長谷川は、原告ら(話の途中から原告のみ)に対して、「店頭株というのがある。……」、「(平成三年)四月に、技研製作所の株式が店頭公開され、公開と同時に株価が一万四〇〇〇円から一万五〇〇〇円まで値上がりした。買った人は大儲けした」、「五月に、三協エンジニアリングという会社の株(以下「三協株」という)が店頭公開されるから、買ったらどうか。一〇〇〇万円あれば買える。(資金は)銀行から借りれば良い」という趣旨の話をしたが、原告は、非常にややこしそうな印象を受けたところから、「とてもそんな難しい株はやらない」と言って購入を断った。

6 原告が、右の翌日、被告または別の証券会社に問い合わせた結果、オーストラリアンボンドは元本保障でないことを知ったことから、訴外甲野は、オーストラリアンボンドの購入をキャンセルした。

7 訴外長谷川は、平成三年五月二〇日ころ、訴外甲野方に電話し、電話口に出た原告に対し、そろそろ公開が近いからどうか、と三協株の購入を勧めた。三協株は、平成三年五月二四日(金曜日)に公開され、その日は一株八一〇〇円で推移した。同月二七日(月曜日)、三協株が、一株七一〇〇円まで下がったところから、それまで四、五回にわたり電話で株価の連絡を受けていた原告は、同日、三協株一〇〇〇株を購入することとなった。原告は、株式会社四国銀行から手形貸付により七三〇万円を借り受け、同月二九日、訴外甲野名義で、被告に、手数料等も含め、合計七一六万四〇六六円を送金した。

8 訴外長谷川は、原告に対し、同年六月三日か四日ころまで、連日三協株の値動きを連絡していたが、同年五月三〇日には、株価が上がった(最高値は八二八〇円)ところから、訴外長谷川は、原告に対し、電話で、「奥さん、八二〇〇円になりましたがどうします? 会社でも賛否両論ありましてね。まだまだいけるというのと、ここらで放したらというのがあります」と話したところ、原告は、訴外長谷川の意見も聞いた上、結局売らないことにした。

9 しかし、三協株の最高値は、右五月三〇日の八二八〇円で、その後は概ね下落の一途を辿り、口頭弁論終結時である平成六年一二月二〇日の終値は、二八〇〇円となっている。

10 なお、原告は、購入後、株式分割により、二〇〇株の配当を受けており、現在合計一二〇〇株の三協株を保有している。

二  原告は、本件取引は、「有価証券の取引一任勘定取引について」(平成三年七月八日蔵証一一三五号)で禁止されている取引一任勘定取引(売買の別、銘柄、数量及び価格のいくつかを顧客から一任されてその者の計算において行う取引のこと)である旨主張するので、まずその点について検討するに、購入対象株式が三協株であることは明らかであるから、この点は一任ではなく、購入株式数が最低購入単位の一〇〇〇株であることは、訴外長谷川は、「一〇〇〇万円あれば買える」と話しており、公開初日の値段が一株八一〇〇円で、その際は購入を見送っていることなどからして、明示していたか否かは別として、当事者間に当然合意があったと言え、この点も一任ではない。

また、そもそも購入するか否かの点と購入値段は若干問題であるが、原告本人は、「訴外長谷川から、いきなり『七一〇〇円で買えた』と電話が来た」旨供述し、訴外長谷川は、「七一〇〇円まで下がってきたので、七一〇〇円で注文を出したらどうか」と話したところ、原告が「もう下がらないわね」というような話をして、約定に至った旨証言する。ところで、原告本人自身、購入以前に、訴外長谷川から三協株の株価について四、五回は電話連絡があった旨供述しており、そのことからすると、訴外長谷川は、全く原告の意向と関係なく購入するか否かの点及び購入価額を決めたと考えるのは不自然である。したがって、これらについても、訴外長谷川は、原告の意向に従って行動していると推認され、訴外長谷川が証言するところが事実に近いと考えられる。

以上からすれば、本件取引は、取引一任勘定取引ではないというべきである。

三  次に、訴外長谷川が、種々の義務違反行為を行っているか否かにつき検討する。

1 説明義務違反について

訴外長谷川が、店頭株の取引について、原告から確認書を徴収していないことは当事者間に争いがなく、また、証券会社は、株式の店頭取引についての注意を書いたパンフレットを備えているのが通常であるが、訴外長谷川は、そのようなものを原告に交付したことを認めるに足りる証拠もない。

ところで、訴外長谷川が、原告から徴収すべきであった確認書は、別紙「店頭取引に関する確認書」のようなものであって、これは、買い主が、店頭取引は、〈1〉小規模な会社の発行する有価証券であり、〈2〉市場性が薄く、〈3〉価格が大きく変動することがある、〈4〉注文は全て指値で行うことになっている、というようなことを理解した上で取引に入った旨を証明する文書であるところ、訴外長谷川は、店頭株について、右のような説明はした旨証言している。これに対し、原告本人は、「長谷川さんは店頭株について説明をしたかもしれないが、頭の中には全然残っていない」旨供述している。

そこで検討するに、前記一5のとおり、原告本人は、店頭株について、「非常にややこしそうな印象を受けた」ところから、「とてもそんな難しい株はやらない」と言って購入を断っている。そのことからすると、原告は、訴外長谷川から、店頭株についてある程度の説明、しかも「ややこしく」感じるような説明、を受けたのであるから、その中には、当然右〈1〉ないし〈4〉のような程度の説明はあったと推認するのが自然である。それに、仮に同人が、右のような説明をしていなかったとしても、そもそも、店頭株の取引について営業員が顧客に説明をしなければならない事項は、要するに一部、二部の上場株と比べてリスクが大きいとか、取引の方法、場所などに多少制約があるということなどに過ぎず、今まで株取引をしたことがない者が株取引に入ろうとするについては、およそ株取引の何たるかを知ることが最も重要であり、その上更に店頭株について知ることは、一般的には、その購入を決意するについて、それほど重要な意味のあることとは考えられない。

したがって、訴外長谷川に、説明義務違反の事実はなかったと考えられるし、また、形式的にそれがあったとしても、その違反と原告の三協株購入の間に相当因果関係はないというべきである。

2 過当勧誘の禁止(適合性の原則)について

訴外長谷川は、三協株を購入したのは訴外甲野であると認識していたところ、同人は、長年県議会議員をしており、自宅も所有しているようであることなどに照らすと、同人に株取引の経験が全然なかったとしても、訴外長谷川が、三協株の購入を勧誘したことは、著しく不適当な勧誘とは言えないであろう。

また、三協株購入は、訴外甲野の名義で、実際には原告が行ったものであるが、客観的には、原告も、長年看護婦の仕事をしていて、退職時には約四〇万円の給料を得ており、退職金も約二〇〇〇万円を受け取っていたこと、現在は年金を受給していて、銀行からはすぐに七三〇万円の融資を受けることができる立場にもあったことなどからしても、株取引の経験はともかく、社会経験は十分であって、資力の点からしても、本件取引に十分適する客と考えて差し支えないであろう。したがって、訴外長谷川が原告らに三協株を勧めたことは、不法行為を構成するような不適当な勧誘とは言えない。

よって、この点についての訴外長谷川の義務違反もない。

3 不当表示、誤解表示、断定的判断の提供の禁止について

訴外長谷川が、どのような話をして、原告に三協株購入の決意をさせるに至ったかについて検討するに、

(一) 原告本人は、訴外長谷川は、概ね以下のような話をした旨供述する。

「高知県内の会社で技研製作所というのがある。四月に店頭公開をしたが、当初三千幾らだったのが、どんどん上がって、一万五〇〇〇円だか一万六〇〇〇円だかに値上がりし、買った人は大儲けをした。今度五月に、それよりもっと良い三協エンジニアリングという会社の株が店頭公開される。半導体を扱う会社です。入札価格では買えないが、一応ずっと上がって、ちょっと下がったところで売りが出るから、そこで買ってもまた上がる。絶対に儲けます。一〇〇〇万円あれば確実に買えます。もう少し安く買えるかもしれないが、一〇〇〇万円あれば絶対です。その株を買えば、二〇〇万円から三〇〇万円、うまくいけば五〇〇万円ぐらいはいける。」

(二) これに対し、訴外長谷川は、

〈1〉 現在は一部、二部は駄目だが、店頭株が面白い、技研製作所が、公開と同時に株価が上昇した、例え話として、一万四〇〇〇円から一万五〇〇〇円までいった、とは話した。

〈2〉 株価は日経新聞を見れば分かると話した。

〈3〉 三協エンジニアリングが技研製作所以上の内容があるとは話していない。

〈4〉 三協株が技研製作所の株以上に上がるという話はしていない。

〈5〉 三協株がどのくらい値上がりするかについては、予測というか目標値について、ある程度の数値までいけばいいですね、と話した。

〈6〉 三協株が一万円まで行くだろうというような断定的なことは言っていないし、二〇〇万円から三〇〇万円、うまくいけば五〇〇万円ぐらいはいけるなどと話してはいない。

〈7〉 三協株が一〇〇〇万円位で買えるとは話した。

旨証言する。

(三) 右の供述を比較するに、訴外長谷川が、技研製作所の株が値上がりし、大儲けした人がいる旨話したことは実質的に訴外長谷川も認めているところであり、このこと及び、そもそも「おいしい話」をされなければ、今まで株の取引などしたこともない原告が、株を買うようになるなどとは考えられないことなどを考えると、訴外長谷川は、原告に対し、三協株を買えば二〇〇万円から、うまくすれば五〇〇万円ほど儲かる可能性があることを、言葉巧みに話したと推認され、この点についての原告の供述は真実に近いと認められ、訴外長谷川の右〈3〉ないし〈6〉の供述は疑問がある。なお、一〇〇〇万円あれば絶対に買えるという点は、「絶対に」とあるが、購入できる価格についての判断であって、いわゆる断定的判断とは関係がないであろう。

(四) したがって、同人は、原告に対し、ほぼ「断定的に」、三協株は最低でも二〇〇万円は値上がりするかのような見方を示して勧誘したものと考えられ、このような勧誘方法は、原告の自由かつ自主的判断を妨げたものというべきであるから、証券会社の営業担当者の勧誘行為として許される限度を超えた違法なものであると言わざるを得ない。

四  以上からすると、訴外長谷川の原告に対する三協株購入の勧誘行為は不法行為を構成し、被告は、民法七一五条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

1 そこで原告に生じた損害について概算するに、

(一) 三協株の下落による口頭弁論終結時における損害額は、以下のとおり、三七四万円である。

七一〇万円-(二八〇〇円×一二〇〇株)=三七四万円

(二) 慰謝料 四〇万円

《証拠略》によれば、三協株購入後、大幅な値下がりがあり、それに対し、被告に善処を求めたが、結局今日までさしたる対応をとって貰えなかったこと、原告は、株の値下がりにより、精神的、肉体的衝撃を受けたところ、胃潰瘍、胃ポリープ、円形脱毛症、虚血性心疾患などの診断を受け、今日に至るも通院を続けていることなどが認められ、これらは、三協株の購入と相当因果関係があると推認でき、これらに対する慰謝料としては、四〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用 四〇万円

事案の内容等に照らし、四〇万円が相当である。

の合計四五四万円相当と認められる。

2 過失相殺

もっとも、〈1〉例え店頭株であっても、要するに株式であるから、値上がり・値下がりすることは当然であり、「絶対に値上がりする」と言われたからといって、それを一〇〇パーセント鵜呑みにできないことは、常識のある社会人としては当然であること、〈2〉前記一8記載のとおり、原告は、訴外長谷川に、一株八二〇〇円になった段階で、売却するか否か聞かれ、結局売却しなかったものであって、その際、訴外長谷川は「まだ上がる」旨の見解を述べたと考えられるが、同時に、被告内では、上がるか下がるか見解が分かれていることも伝えており、結局、原告は、その時点で、自己の判断で売却を見送って、その後の損失、心労に至ったと考えることができること、〈3〉訴外長谷川の勧誘行為の違法性は、もともとそれほど高いものとは言えないこと、〈4〉そもそも今回の三協株の下落は、店頭株だったからとか、三協エンジニアリングという会社に特殊な問題があったから、というのではなく、バブル崩壊の後遺症による一般的な株価下落の一端と考えられることなどからすると、大幅な過失相殺をすべきであり、原告の過失割合は約九割と考えられる。

そこで、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、右四五四万円から原告の過失割合額約九割を控除した四五万円と認めるのが相当である。

よって、原告の請求は、被告に四五万円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 久我泰博)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例